六甲1号のページ

鉄道趣味の個人資料館と、あちこち出掛た模様をお送りします (旧・出撃にっきを統合)

日本最北の鋼索鉄道に乗る(本編)

前記事の続きになります。

 日本最北の鋼索鉄道がある、津軽半島の北の外れー竜飛岬にある青函トンネル記念館にその鋼索鉄道、つまりケーブルカーがあるので、それに乗ることで青森県内および福島県以北の東北地方の鉄道路線完乗を達成するものです。 

 以前2回ほど車で竜飛岬までは来てたのですが、この青函トンネル記念館には入りませんでしたが、今回ようやく中に入ります。

 ケーブルカーのみなら往復1,200円、併設されている記念館(入館料400円)と合わせたセット券が1,500円でしたので、セット券を購入。
 ケーブルカー用の券面には、乗車する便を指定したハンコが押印されます。40分おきに動いてるケーブルカーの時間まで数分しか無かったので、急いで乗り場に下りていきます。 

 階段を下りていくと、オレンジ色の小さな車体「もぐら号」が待ち受けていました。
 丸い目玉がかわいいケーブルカーですが、乗ってみると全然可愛くないんですこれがw

 発車時刻間際だったので、既に他のお客さんが乗っていて、2列目からの撮影になりますが、そこそこ撮れそうな感じです。
 ドアが閉まったのですが、直ぐには動きません。 どうしたのかな?と思ったら、音楽が鳴り始めました。
 ちょっと見え辛いですが、ケーブルカーの進路前方に鉄の扉があり、万一の滑走事故に備えて、通常はこの扉を閉めているのですが、ケーブルカーが動く時にこの扉を開けるわけです。 

 音楽が鳴り止むといよいよ滑り降り始めます。
 非常に滑らかな動き始めだったのですが・・・ガンッ、ガンッ! っと凄い衝撃音とともに下から突き上げてくる動きがお尻を容赦なく襲います。
 これは線路の継ぎ目の部分による車輪の振動が、直接車体や座席・乗客までも襲うことで、なぜそんな衝撃になるのかというと、車軸に一切バネが付いていないと思われます。2軸客車や貨車に乗った事はありますが、ここまでの衝撃はありません。1段又は2段リンク式というバネで線路からの衝撃を和らげているからです。
 ではなぜこのケーブルカーはバネがないのかというと、基本的に点検・非常用であることと、傾斜が強いため、バネによる飛び跳ね事故を防ぐ目的があると思われます。

 10:47 ケーブル下の体験坑道駅に到着しました。
 この駅部分に当たる場所から坑内トンネル側へ出た時点で、下車が成立します。 

 坑内では△形に道が続いていて、途中の長辺の部分に幾つかの展示物が置いてあり、坑内誘導員のハンドマイクと一部自動音声で資料の解説が行われます。
 ここは海面下140mの世界、海底は遥か上になります。 

 坑道の2つめの頂点部分の先が柵になっていて、その奥には分厚い鉄の扉があります。
 これは風門として、トンネル内を走る列車が起こす風が坑道内に影響を起こさないようにする役目を果たしています。
 この扉の向こう側が非常駅だった旧竜飛海底駅となっていて、ここも昔、快速海峡が走っていた頃に見学で降りた事があります。 

 11:10 約20分ほどの見学を終えて、陸上へ戻るケーブルカーに再び乗ります。
 車内はボックス席が並んでいますが、先頭部分だけ半室が乗務員室になっていて、その向かい側はロングシートになっています。 

 その最前列の席に座れたので、前面かぶりつきを行います。 

 11:16 ケーブル上の青函トンネル記念館駅に戻ってきました。
 真っ暗なトンネルから地上に上がってきて、部屋の中ですが明るさが全然違います。 

 ケーブルカーの隣には黄色い工事用の車両も置いてあります。 

 最初に触れた鉄の扉がこれで、風門として下から吹きあがってくる風を止める役目と車両が万一滑り落ちないようにする役目も兼ねています。 

 ケーブルカーの乗り潰しを終えて、北側にある資料館に入ります。
 1階で一般的な資料を展示している他に、2階には映画シアターもあります。 

 一部は吹き抜けになっていて、2階からは資料館全体を見ることができます。
 こうして、青函トンネル記念館の見学と、日本最北端のケーブルカーの乗り潰しが終わりました。

 これで東北地方で唯一残っていた未完乗路線がなくなり、東北地方は全制覇したことになりました。1982年7月に急行きたぐにで大阪から青森まで乗車して、羽越本線を完乗して以来、43年かかっての制覇となりました。

 次の記事ではオドロキ?の帰路について書きます。